過去最高レベルと見られた今年の全日本選手権が閉幕しました。昨年、優勝したトーナメントでFIDEレイティングが+11だったのに対し、今年は入賞しなくとも+30。これが大会のレベルを物語っていると思います。今回は上位陣の潰し合いで、トーナメント・リーダーが毎ラウンドのように変わる波乱の展開でしたが、最終的には優勝候補最有力と見られていたTuさんの単独優勝で終わりました。あらためてTuさん、Congratulations!
今大会では、事前byeの管理が徹底されていたため、これまで問題となっていた不戦勝のような事態は一切ありませんでした。しかし、代わりに時計のトラブルが多かったことは今後の運営に課題を残したことになりました。トラブルの原因は設定ミス・時計が古く感度が悪かったなど、いろいろあると思いますが、アービターだけで判断できないような事態になった時もありました。そんな時、問題を解決するのに、実際に全日本に参加しているプレーヤーで組織されるAppeals Committeeのような裁定機関があっても良いのかなと個人的には思ったりもしました。
さて、私はと言うと、今回はハードな相手の連続で、とても緊迫したゲームが続きました。敗れたIM戦2試合は、どちらも相手の指し回しが完全に上回っていました。特に最終ラウンドの小島戦は、彼のページに解説があるように、なかなか日本ではないような美しい負けでした。負けはもちろんありましたが、大会を通じてそれなりのパフォーマンスは示せましたし、思い出に残るようなゲームはできました。今回のベストはイングランドのベテランFM Andrew Lewisさんとのゲームです。私のゲームでは珍しく、難しいエンドゲームに突入しました。
□Lewis,Andrew (FM,2267,ENG)
■Baba,Masahiro (2232,JPN)
Japan Ch. 2016(9)
[このゲームの時点でAndrewは6.5Pで首位を走っていました。すでにAndrewは上位陣とほとんど当たり尽くしていたため、このゲームに勝つことができれば優勝も現実的なものになっていたことでしょう。そんな大会のシチュエーションの中、1番ボードでのゲームです。]
1.Nf3 Nf6 2.c4 g6 3.Nc3 d5 4.cxd5 Nxd5 5.Qa4+
[メインに準備していたのは5.e4 Nxc3 6.dxc3 Qxd1+ 7.Kxd1 f6 8.Be3 e5 9.Nd2 Nd7でした。外されはしたものの、この手も経験ありなので動揺はしません。]
5...Nc6 6.Nxd5!?
ここでは6.Ne5と入るのが一般的ですが、正しいディフェンスをすれば、黒がイコアライズするのはそう難しくはありません。本譜はセンターにポーンを並べるグリュンフェルドの主流のプランです。]
6...Qxd5 7.e4 Qa5
[ゲームの早い段階でクイーンを交換しにいくのは好みではありませんが、クイーンの引き場所に自信がなかったので、ぶつけにいきました。]
8.Qxa5 Nxa5 9.d4 Bg7 10.Bf4
[c7をアタックする強い手に見えますが、私は10.Be3のほうが自然だと感じました。黒はc7のポーンを守る必要がありません。]
10...0–0! 11.0–0–0
[11.Bxc7 Nc6 12.Rd1 (12.d5 Bxb2) 12...Bg4 13.d5 Rac8なら、展開でだいぶ黒が有利です。1ポーンの代償も十分あります。白の0-0-0は有りですが、0-0に比べるとリスキーに見えます。]
11...Bg4 12.Be2
[12.d5 b5!?]
12...Nc6 13.d5 Bxf3 14.Bxf3 Nd4 15.Rd3 e5
[白のセンターをc7-c6で崩しにいきたいのですが、すぐに15...c6だと、16.dxc6 Rac8 17.c7 e5 18.Rxd4!? exd4が可能です。]
16.Be3 c6 17.dxc6 Rac8 18.Rc3 Nxc6 19.Bc5 Bh6+ 20.Kb1 Rfd8 21.Bg4 Ra8 22.Bd1 Rd2 23.Bb3 Nd4?
[f2をアタックするために、黒マスビショップのラインを閉じにいきます。ただ、白の25手目を見落としていました。23...Rad8でdファイルのコントロールを強めるのが正しい手筋だと思います。]
24.Bxd4 exd4
25.Rf3
[本譜はダイレクトでアタッキングな手ですが、ここは25.Rc2!±というクールな1手がありました。7thランクに侵入した唯一アクティブな黒駒を換えられてしまうと、白のアドバンテージがはっきりします。25...Rxc2 26.Kxc2 Rc8+ 27.Kd3で、白はg3-f4-e5とポーンを突いて、黒マスビショップを抑えにいければ白の勝ちは近いです。]
25...Rf8 26.Re1
[少し期待していたのは、26.Rc1? Re2 27.Rc7 Re1+ 28.Kc2 Rc1+–+]
26...Kg7?!
[ここはチャンスで、26...d3! と突けば十分勝負できていました。ロングダイアゴナルを開いてb2を狙いにいきます。ポイントは、27.Bc4 Bg7 28.e5のとき、28...Bxe5! があることです。(29.Rxe5? Rd1#)]
27.e5!
[f7の弱点を固定する好手]
27...Bg5 28.g3 h5 29.h4 Bh6?!
[なぜ将来性の少ないほうに引いたのか自分でもよく分かりませんが、29...Be7 30.Rc1 Re2 31.Rc7 Rxe5 32.Rxb7も苦しいことに変わりありません。]
30.a3 b5 31.Rd1
[一瞬、f8のルークをフリーにしてくれるので、この手には助けられました。31.Rc1! Re2 32.Rc7 Rxe5 33.Rxa7±なら、29手目のコメントのラインのように、黒はf7のディフェンスから解放されません。]
31...Rxd1+ 32.Bxd1 Rc8 33.Bb3 Rc7
34.Rf6?
[これは白の大きなミスと言えるミスでした。白は次にf4を突いてから、Rd6に回ってしまえば簡単に勝ちですが、このプランを防ぐ強力な1手がありました。正しくは、34.Rd3でf2-f4を目指し、まだ白が優勢です。]
34...Bd2!
[e1から白の3つのキングサイドのポーンを狙います。今度は逆に白ルークがf2のポーンの守りに縛られることになります。]
35.Rf3 a5 36.e6 fxe6 37.Bxe6 Be1 38.Bd5
[この手とともにAndrewからドローオファーが来ました。ここまでのゲームの流れを考えれば、ドローは十分満足できる結果ですが、よくポジションを観察すると、ルークのアクティビティーの差から黒にチャンスがあることが分かります。ここから30分が加算される40手まで時間落ちしないように気を付け、時間が増えた41手目で勝負をかけます。]
38...Rc5 39.Be4 Rc7 40.Bd5 Rd7 41.Bc6 Rf7! 42.Rxf7+ Kxf7 43.Bxb5 Bxf2
[ルークを交換して黒にチャンスのあるエンディングに持ち込みます。ただ、この異色ビショップを勝ち切るにはまだまだ先は長いです。]
44.g4!
[Andrewはここで時間をかけて、もっとも粘れる手を指してきました。このあたりの判断に、彼のベテランらしさが感じられます。]
44...hxg4 45.Kc2 Kf6 46.Kd3 Ke5 47.Be8 Bxh4 48.b4!
[48.Bxg6 g3 49.Be4には、本譜と同じように、49...a4! と突きます。50.Bc6 Bf6 51.Ke2 Kf4 52.Bxa4 d3+ 53.Kf1 Bxb2 54.Bb5 d2 55.Ba4 Bxa3で黒勝ちです。]
48...g3 49.Bc6
[49.Ke2? g2]
49...a4!
[この手がポイントです。間違って49...axb4 50.axb4だと、白にb7までポーンを進められ、黒はb8のマスを常に抑えておかなければいけないので、前に進めず、勝ちの希望は消えます。]
50.Ke2 Kd6!
[白ビショップをa4-e8のダイアゴナルから外します。51.Bxa4 g2はプロモーションが止まらないため、白ビショップはh1-a8ダイアゴナルから動けません。このあたりで、h4のビショップはgポーンのプロモーションと相性が良いことに気付きます。実際、これがあとで黒が勝つ重要なカギとなります。]
51.Be4 g5 52.Kf3
52...g2!
[gポーンに重なったパスポーンは1つ捨て、ビショップのラインを開いてキングサイドのポーンを狙いにいきます。]
53.Kxg2 Be1 54.Bc2 Bxb4! 55.Bxa4
[55.axb4 a3 56.Bb3 d3 57.Kf3 g4+は黒パスポーンが止まりません。]
55...Bxa3–+
[こうして2ファイル離れた2パスポーンの異色ビショップエンディングとなりました。この形はたしかドローがあったような気がしたのですが、それはビショップの色が逆だった場合です。つまり、g1を白のビショップがコントロールできる場合はドローにするディフェンスがありますが、この場合、白のビショップは白マスなので、g1をコントロールできません。さらには、先に白がd3のマスをキングで抑えることができればドローになりますが、きっちり1手先に黒がd3を抑えにいけます。黒が勝ちにいく条件はすべてそろっていて、あとは正しいプランを見つければ勝てます!]
56.Kf3 Kc5 57.Ke4 Kb4 58.Bd1 Kc3
[黒キングのベストポジションです。これ以上dポーンを突かせるわけにはいかないので、白ビショップはf1-a6ダイアゴナルから離れることはできません。]
59.Be2 Bd6 60.Kf5 Be7 61.Ke4 Bd8 62.Ba6 Bf6
[なんとかgポーンを進めたいところですが、具体的にどう進められるか分かっていませんでした。ここで唯一、黒が局面を進展させられる手があります。それは、62...Bc7 63.Kf5 Bf4 64.Ke4 Bg3! 65.Kf3 Bh4!
ANALYSIS DIAGRAM
これでどちらかのポーンを進めることができ、黒勝ちです!]
63.Bb5 Kd2
[まだ勝ちは逃していませんが、黒キングがパスポーンの前に入るのは正しくありません。勝つためにはミスを認め、次にc3に戻らなければなりません。]
64.Kf5?
[時間切迫の中、ここでAndrewにミスが出ました。]
64...Ke3!
[ビショップを捨ててもパスポーンが止まらないことを確認し、フィニッシュの1手を決めます。]
65.Kxf6 g4
[最後は「Congratulations」という言葉とともにAndrewが手を差し伸べてきました。日本語で言う「おめでとう」という意味合いではないと思いますが、相手のプレーを褒め称えてリザインするというのはなかなかできないこと であり、最後まで紳士のプレーを見せられました。彼とはまたどこか対戦したいですし、日本でもっとプレーしてもらいたいですね。] 0–1
全日本選手権2016
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