WRITTEN BY
Kanda Daigo
日本vsハンガリー、男女混合戦[3月9日(金)、第8ラウンド]
チャリンと刃の先が触れ合う音がしたかと思ったら、もう斬られていました・・・
前夜遅くに発表されたペアリングを見たら、第8ラウンドの私の相手はパップPapp, Petra(2296)さん。不勉強の私は知りませんでしたが、ハンガリーの若手女子のホープでした。
http://ratings.fide.com/card.phtml?event=739049
1993年生まれなので未だ10代の彼女は、2009年に16歳以下のハンガリー女子選手権で優勝し、同年の16歳以下の女子世界選手権に出場して8位となりました。翌2010年には欧州女子選手権に出場。こちらは年齢制限が無く、元世界チャンピオンらが参集する大会(優勝はクラムリン)でしたので79位でしたが、それでも5.5pt/11ときっちり五割の星を収めていますから、ただ者ではありません。そして、なんと、昨年のカペル大会ではWGMのノームを一つ獲得しています。仕事の関係でこの第8ラウンドが最後の試合となる私にとって、最後に最高の相手と当たりました。とても大きな「プレゼント」です。
日本に帰国してから調べたら、更にもう一つ、衝撃の事実(と言うと大袈裟ですが)が判明しました。カペル大会ではエントリー時そのままに「WIM」と表示されていましたが、実はそのひと月前、2月7日から15日にモスクワで開かれたアエロフロート・オープンBクラスに出場したパップさん、自身三つ目となるWGMノームを達成していて、FIDEのHPでは既に「WGM」と表示されていました。私はWGMと指していた!
当日、会場にて「大物と当たりましたね。うらやましい」とか、「人間は誰でもミスしますから、大丈夫、きっとパップだってミスしますよ」と日本人同僚たちから激励され、背中を押されて試合に臨みました。
Photo by Nakamura Naohiro
□KANDA, Daigo (1933)
■PAPP, Petra (2296)
Cappelle la Grande 2012(8)
ChessBaseに載せられているゲームを見ると、1.d4に対する黒番のパップさんは、ほぼ全てダッチ防御のレニングラード変化を指しています。これは嬉しい。黒で指されて困るラインを白でぶつけ、パップさんの指し方を「盗もう」と勇んで臨みましたが・・・
1.d4 d5
がっくり。スラヴかぁ・・・
2.c4 c6 3.Nf3 Nf6 4.e3 e6 5.Bd3 Ne4 6.Nbd2 f5
でもやはりダッチ防御のポーン型がお好みのようです。
7.0-0 Nd7 8.b3 Bd6 9.a4(86) 0-0 10.Ba3
ここまでずっとノータイムで飛ばして来たパップさんが、ここで少し時間を使いました。ちらっと見ると、両手を額に当て、顔を隠すようにして、うつむいて考えています。プロ棋士たちの大会写真でよく見かける思考のポーズなので、「うわぁ、私を相手にして考えているよ〜」と舞い上がりました(苦笑)。まぁ、試合中にこんなことを感じるようでは、そもそも勝負になりませんね。局後の感想戦でパップさんは「a4からBa3でピショップ交換を目指す手法は、ある手だが、その先の白の指し方が難しい」と教えてくれました。実際、難しさを肌で感じるゲームとなります。
10... c5(89)
11.Rc1 ?(77)
時間を使って考えた上で指した手ですが、良くありません。正着は11.cxd5 exd5 12.Bb5 Ndf6 13.dxc5 Nxc5 14.Rc1 Nce4 15.Bxd6 Qxd6 16.Nd4 (Fritz)で、a3の黒マス・ビショップをさばき、d5に黒の孤立ポーンを残してそれを標的にしよう、という発想で指すべきでした。
11...b6 12.cxd5(73) exd5 13.Qc2(68) Bb7 14.Rfd1(66) Qe7(86)
白はどこかでNf3-e5と跳ねねばならないのですが、どう準備したらいいか分からぬまま、漫然と指し手ばかりが進みます。その間にどれだけ事態が深刻化しているか、私は気付いていません。
15.Bb5(60) Ndf6(80) 16.h3(57)
Fritzの局面分析によれば、既に黒がかなり優勢(−1.27)。
16...a6 17.Bf1 Rae8(74)
黒が何を狙っているか、ここまで進んでも私は未だ気付きませんでした。とにかくNf3-e5と跳ねたい一心で指した途端・・・終わりました。
18.Bb2(49) Nxf2(69) 0-1
代償なくポーンを取られ、陣形もつぶれ形ですから、リザインは当然でしょう。最善は18.Re1と守る手でしたが、以下18...g5 19.Ne5 g4(Fritz)となって明らかに劣勢。もっと前の、中盤の作りに問題がありました。また、パップさんは局後に「18.Ne5と指して来るかと思った」と言っていました。18.Ne5 Bxe5 19.dxe5 Qxe5 20.Nf3と進めば白はポーンを一枚損しますが、悪いながらも駒をさばいてマギレを求めようという、とても実戦的な指し方です。こんな手すら読んでいる所にパップさんの豊富な実戦経験がうかがえます。
試合前には、「記念になるから、ボコボコにされて泣きベソかいている姿も写真に撮っておいてね」と同僚に軽口を叩いていた私でしたが、ボコボコにされる時間も無かった(泣)。力量が段違いですから負けるのは仕方ないとしても、もう少し歯ごたえのあるゲームをしたかったというのが率直な感想です。
ぶざまな負けで沈み込んだ気持ちを、野口さんが一新してくれました。ハンガリーのWGM、ルドルフRudolf, Anna (2323)さんと渾身のドローです。
□NOGUCHI, Koji (2040)
■RUDOLF, Anna (2323)
Cappelle la Grande 2012(8)
1.c4 e5 2.g3 Nf6 3.Bg2 d5 4.cxd5 Nxd5 5.Nf3 Nc6 6.O-O Nb6 7.d3 Be7 8.Nbd2 O-O 9.a3 a5 10.b3 Be6 11.Bb2 f6 12.Qc2 Qd7 13.e3 Rfd8 14.d4 exd4 15.Bxd4 Bf5 16.Qb2 Bg4 17.Bxb6 cxb6 18.Nc4 Qf5 19.Nd4 Qc5 20.h3 Bd7 21.Rac1 Ne5 22.Nxe5 Qxe5 23.b4 Qd6 24.Qb3+ Kh8 25.Bxb7 Rab8 26.Bg2 axb4 27.axb4 Qxb4 28.Qf7 Be8 29.Qe6 Qd6 30.Qg4 Qe5 31.Nf3 Qd6 32.Nd4 Qe5 33.Nf3 Qh5 34.Qe6 Bc5 35.Rfd1 Qf7 36.Qe4 Qe7 37.Qg4 Bd7 38.Qh5 Ba4 39.Rxd8+ Rxd8 40.Nd4 g6 41.Qg4 Bd7 42.Qd1 Qd6 43.Nb3 Ba4 44.Qxd6 Bxd6 45.Nd4 Be5
46.Ne6 Rd1+ 47.Rxd1 Bxd1 48.Bc6 Bb3 49.Nd4 Bc4 50.Nb5 Kg7 51.f4 Bb2 52.Kf2 f5 53.Nd6 Bd3 54.Kf3 Ba3 55.Nb5 Bc5 56.Nc3 Bb4 57.Bb5 Bc2 58.Ne2 Be4+ 59.Kf2 Kf6 60.Nd4 Bc3 61.Nf3 h6 62.Ng1 g5 63.fxg5+ hxg5 64.Nf3 g4 65.hxg4 fxg4 66.Nh2 Kg5 67.Be2 Bf5 68.Bb5 Be5 69.Nf1 Bc3 70.Nh2 Be5 71.Nf1 Bc3 72.Nh2 Be5 73.Nf1 Kf6 74.Nh2 Be6 75.Be2 Kg5 76.Bb5 Bc3 77.Nf1 Bb2 78.Nh2 Bc1 79.Nf1 Kf5 80.Bd3+ Ke5 81.Nh2 Bf5 82.Be2 Ke4 83.Nxg4 b5 84.Bf3+ Kd3 85.Ne5+ Kc3 86.g4 Bh7 87.Bd5 Ba3 88.g5 Bc2 89.Nd7 Be7 90.Nf6 b4 91.Ne4+ Bxe4 ½–½
中盤のねじり合いからエンディングに進み、白の野口さんがB+Nで、黒はB+B、二枚ビショップの威力を頼りに防御線を突破しようとするルドルフさんと、がっちり受け止める野口さんのやり取りは、そばで観戦していて見応えがありました。ルドルフさんが一手指すたびに「なるほど!こうやって手を作るのか!」と私は感心し、しかしよく見直すと「だけど、その先をどうやって勝つの?」と首をかしげていると、野口さんが迎え討って押し戻し、「そうだよね。これはドローだろう」と思うと、すかさずルドルフさんの二の矢、三の矢が飛んで来ます。勝利を目指すWGM の執念がビンビン伝わりました。結局、80手まで書ける棋譜用紙一枚では足りず、二枚目に達し、250面のボードが並ぶ会場で文字通り最後の一試合となる大熱戦となりました。
局後、野口さんは「この局面はドローだろうと思っていても、読んでいない指し手が来ると、ドキッとしますよねぇ。」としみじみ感想を披露してくれました。「でも、受け切れたので、自信になりました」とも。プレイヤーとして大きな財産を得たゲームだったようです。観戦者にとっても至福の時間でした。
Photo by Nakamura Naohiro
昨日までは加速スイス式でしたが、この第8ラウンドから単純スイス式になったため、対戦者のレイティング差が大きい組み合わせが続出します。南條さんの相手は1751、中村(尚)さんの相手は1479でした。勝ったお二人にとっては事実上の「休憩日」でした。
篠田さんの相手はマルタさん。苗字は・・・読めません(泣)。Prezezdzidecka, Marta (2250)さん、ポーランドのWGMです。白番で1.d4と1.c4と1.Nf3とを使い分ける人なので、黒番の篠田さんはヘッジホッグ(ハリネズミ)を採用することにしました。昨年のカペルで知り合ったフランス人のIMペイアンさんが、昼食を一緒に食べながらヘッジホッグの戦い方を教えてくれたそうです。また、今年のカペルで知り合ったドイツ人のIMスプリンガーさんからは「女性プレイヤーはエンドゲームがヘタなことが多いから、エンドゲームに持ち込め」とのアドバイスをもらって、いざ、出陣です。
「準備はしていましたが、実はヘッジホッグを指すのはこの試合が初めてだったのです。普段よりも少し長くオープニングに時間を掛けてしまいましたが、形は上手く作れていたと思います。また、少しでも長く集中して試合に向かうため、この試合ではトイレ以外にはほとんど席を立ちませんでした。」
「お互い明らかにオーバーペースで時間を使い、時間追加である40手になるだいぶ前、25手目頃には既に全然時間がありませんでした。両者の時間が無くなるのとは裏腹に、どんどん局面はシャープになっていきました。相手のミスにも助けられ、割といい感じに試合を運べていたと思います。時間が追加される直前までこちらの良くなる手がありましたが、結局、残り1分のチェスで自分の力ではそれを見付けられませんでした。判断を誤り、時間が追加された時には既に遅し。そのまま負けてしまいました。」
「オープニングの時点でもっと時間を節約できていたら・・・と思う心もありますが、しかしこの試合の時の経験不足な自分では、あれよりも短時間でこの試合を作ることは出来なかっただろうと感じています。経験不足やタイムトラブルでの弱さを痛感しましたが、一方で自分も十分このレベルの相手に戦える、という自信を密かに付けた一局ではありました。結果は残念でしたが、内容は決して悪いものではなかったと思います。」(篠田さん談)
WGMに善戦した篠田さん。貴重な経験を積んだようです。
そしていよいよ明日は最終日。ここまで色々なことがあったカペル2012でしたが、果たして日本人選手団は「終わり良ければ、すべて良し」となるのでしょうか?[続く]