WRITTEN BY
Kanda Daigo
南條遼介vsゼレビュークY.[3月6日(火)、第5ラウンド]
この日は、何と言っても55番ボードが最大の話題でした。南條さんがウクライナのスーパーGMゼレビュークZherebukh, Yaroslav(2642)と対戦です。
一昨年のカペル2009の優勝者(!)であり、昨年9月のワールドカップ・ハンティ=マンシスク大会にて、一回戦でエリアノフ(2697)を退けたばかりか、三回戦最大の番狂わせ、「18歳のゼレビュークが、世界王座挑戦者決定戦に出場したマメジャロフに勝った」を演じて一躍世界の注目を集めた棋士です。
[出典:<World Cup R3 Tiebreaks: Navara wins, and Mamedyarov falls to Zherebukh>
http://www.chessbase.com/newsdetail.asp?newsid=7510]
過去に日本人選手が国際大会で対戦したプロ棋士の中でも屈指の“大物”ですが、南條さんは堂々と渡り合います。黒番ゼレビュークのダッチ防御に対してシャープな攻撃ラインを選び、主導権をずっと握り続けた末に指した27.Rd4、「試合中はこれで決まったと思っていましたが、読み抜けがあり」、57手で投了。最後は残念な結果となりましたが、観戦者が周囲をぐるりと取り囲み、固唾を呑んで見守る大熱戦でした。詳しい解説はこちらです。http://chessplayer.jugem.jp/?eid=746
篠田さんの相手はドュヴェルヌDuverne, Jean-Marie(2144)さん。中年のフランス男性です。序盤で間違えて非勢となり、頑張ってだいぶ盛り返したけれど、「基本は勝ちが無い、ドローを目指すだけの疲れるゲーム」となったあげく、終盤で手番が回って来たから負けになるという、「まるでエンドゲームのスタディのような面白い局面」となってリザインしたそうです。結果は残念でしたが、でも試合内容は濃く、次に期待が膨らみます。
野口さんの相手はラフィーユLafeuille, Bernard(1870)さん。「木の葉」という面白い苗字です。腕に覚えのある地元フランス人を、しかし野口さん、軽く一蹴しました。いよいよエンジン全開です!
中村(尚)さんの相手はフェレイラFerreira, Jorge Viterbo(2339)さん。ポルトガルのFMです。第3ラウンドの対ガラ戦と全く同じ戦型となり、相手が一手一手に時間を使いながら、考えながら指したのに対し、中村(尚)さんは「序盤からサクサクと指せました」。そのため一時は持ち時間に40分以上も差がついたようですが、「中盤以降、勝ちに行くための方法が分かりませんでした。とりあえず負けないような堅い駒組みをしていたら、駒の交換が進んでしまい、けっきょく白黒ともに手が作りにくい閉じた局面になったので、ドローに落ち着きました」。指し方の分からない難局を、しかし負けない。中村(尚)さんの実力を示す一局でした。
私の相手はフランスの13歳のお嬢さん、ルフィニャックRouffignac, Marie (1657)さんでした。U12のフランス選手権に二回(2009,2010)出場したりしていますので実戦経験は豊富そうですが、どうやらあまり定跡には明るくないようで、シシリアン防御から黒の私が難なく主導権を取りました。正直に言って、「やはりまだ若いな。1657の子なんだな」と思ってしまいましたが、その楽観が災いの元でして、「ここが決め所」と思って踏み込んだ手が実は大悪手で、たちまち白の全軍が躍動し、私のキングに殺到して来ました。敗色濃厚でしたが、最終盤でルフィニャックさんが間違えたため、かろうじて首の皮一枚つながってドローとなりました。
しかしそれにしても、「なんで一手であんなに悪くなるんだ?」と腑に落ちなかったので、宿舎に戻ってからFritz君に局面解析をお願いしましたら、なんと「白が指しやすい」(0.64 by Fritz)とおっしゃる。あらま。冷静な目でもう一度、じっくり局面を見直すと、なるほど、と一応うなずけました。均衡した局面で“決めに出た”のが暴発だったわけです。実戦では「盤面を見て考える」のが肝心で、相手のレーティングなど、他の要素を考慮に入れるのは禁物だと改めて思い知りました。いい勉強になった(はずの)ゲームでした。
野口、2382のFMを撃破[3月7日(水)、第6ラウンド]
大会六日目の第6ラウンドは、日本選手団にとって最高の一日となりました。5人で4勝1分の4.5ポイントを取ったのです!
特に素晴らしかったのが野口さんです。フランスの39歳のFMカリストリCalistri, Tristan(2382)さんと対戦。66番ボードなので、日本選手のこの日の最高位です。ゲームは野口さんお得意の、フィアンケットした総力戦となりました。駒と駒があちこちで複雑にぶつかり合う中、27手目にルークを切り飛ばしました。盤面の緊張が一気に高まり、断崖絶壁の綱渡りです。将棋解説でよく言われる「一手指した方が優勢に見える」難解な局面で、野口さんは二回目のサクリファイスを敢行!四時間を超える激戦をついに制して勝ち名乗りを挙げました!!ルークを切ってビショップを取る交換損が一局に二回ある試合なんて、私は見たことがありません。「これまで勝った相手の中で一番レーティングが高かった」そうで、自己ベストを更新するというおまけつきの大金星でした。馬場さんの総括「Fantastic Noguchi-san!!」はまさに至言です。http://chessplayer.jugem.jp/?eid=747
南條さんの相手はマルツェフMaltsev, Leonid(1907)さん。二日目に私が注目したウクライナの少年です。下位の相手には危なげなく勝ちを重ねる強い少年も、好調の南條さんが相手ではひとたまりもありません。「今日は“仕事した”気はしません」という楽勝でした。
篠田さんは銀髪のフランス「紳士」(1682)を“秒殺”しました!対局開始してから一時間ほどたった頃に見学に行ったら、もう盤と駒が片付けられていたので驚きました。時間にたっぷり余裕ができたお蔭で「今日は強い人たちのゲームをゆっくり観戦できました」と語る篠田さん、ひたむきにチェスに打ち込む姿はとても頼もしく、これからますます強くなる人でしょう。(ちなみに、なぜ相手が「紳士」なのかは、明日のレポート参照)
私の対戦相手はフランスの中年男性モーパンMaupin, Gervais(1731)さんでしたが、篠田さんとは対照的に、冷や汗をかかされました。序盤から主導権を取ったものの、思い切って踏み込んだ手がまたもや悪手。まったく、バカにつける薬はありません(泣)。1ポーン損に加えて相手の猛攻撃を食らいましたが、懸命に踏んばっている内に相手がミスを重ね、ビショップ対ナイトのエンディングに突入。74手で辛くも逆転勝ちしました。もしも負けようものなら日本選手団最高の日に水を差す羽目となり、いわゆる“日本に帰れない”身となる所でした。危なかった・・・
中村(尚)さんはウクライナの32歳、ゾズリアZozulia, Anna(2342)さんとドロー。日本人選手五人の中で「そうかぁ、俺だけドローかぁ」ととても残念がっていましたが、相手はWGMですよ!こんな相手とドローにしたのが“悔しい”と言うんですから、今大会の彼がいかに高いレベルで指しているかを如実に示します。ゲームは「準備通りのKing’s Indian Fianchettoに持っていくことが出来ましたが、相手のうまい指しまわしで、(私) Q+R+B+B (相手)Q+R+R+2P のやや不利なエンドゲームに突入しました。しかしダブルビショップが予想以上に堅く、カウンターチャンスを見せることが出来たため、ドローになりました。」
試合後、会場に併設された食堂で夕食が供され、大会ボランティアのおじさん、おばさんがいつも甲斐甲斐しく給仕してくれます(フランス式にスープ、メイン、デザートを順番にテーブルに出す方式)。選手の顔色とか雰囲気からその日の結果が分かるんでしょうか、今日は特に冗談とか、あれこれ話しかけて来る気がしました。特に篠田さんは「飲むとすぐに顔が真っ赤になるカワイイ坊や」として、おばさんたちのアイドルになってました!
こうして日本人五人は意気揚々と宿舎のホテルに引き揚げました。大会も残りわずか3試合。さぁ、もうひと頑張り!
[六日目に続く]
****************************************************
ミニコラム:永遠のヒーロー
カペル・ラ・グランドのようなビッグな大会に出る楽しみは、自分が試合することに加え、これまで雑誌の顔写真でしか見たことの無かったプロ棋士を生で見られることです。将棋に例えれば、大会に出たアマ初段が自分の試合中にふと顔を上げると、向こうの方で瀬川四段vs田丸八段、先崎八段vs畠山七段の竜王戦が行われている、という感じでしょう。いくらボードが遠く離れているとは言え、プロと同じ屋根の下で盤を並べて試合するなんて、アマチュアにとっては夢のような体験です。
チェスを始めてから30年このかた、シシリアン定跡の黒番ではシュヴェシニコフ変化(B33)を愛用して来た私にとって、ラトヴィアのシュヴェシニコフGMは永遠のヒーローです。1950年生まれなので御年62歳。最近のカペル大会の写真で見つけて注目していましたが、今回、初めてご本人を拝見。「この人なんだ・・・とうとう会えた・・・」と、間近で見詰める私の眼には星がキラキラ輝いていたはずです(笑)。
初日の第1ラウンドが開始してから四時間近くたった頃、そのシュヴェシニコフGMが対局場で(周囲のゲームがもう終わっていることもあり)小声で局後の検討をしていましたので、見に行きました。対戦相手の女性が節目の局面を一つずつ、最終盤から中盤へとさかのぼりながら変化手順を丹念に調べて行き、シュヴェシニコフGMもそれにいつまでも付き合います。
後で結果表を見てビックリ。相手の28歳のお嬢さんが勝っていました!WIMのドルハノヴァDolukhanova, Evgeniyaさんでした。2009年のウクライナ女子チャンピオンで、昨年アルメニアに移籍した人です。いくら初戦には番狂わせが多いからって、よりによって・・・と私はとても口惜しかったのですが、日本人が敵討ちしてくれました。最終日の第9ラウンドで中村(尚)さんがドルハノヴァさんを破ったのです !GMに勝った人に勝った!!
余談ですが、シュヴェシニコフさんの名前はEvgeny、ドルハノヴァさんはEvgeniyaなので、同名です。日本語で言えば「正男vs正子」の勝負でした。
参考:ドルハノヴァさんのプロフィル
http://ratings.fide.com/card.phtml?event=14112035
アルメニアへの移籍を報じる記事
http://www.chessdom.com/gm-dragan-solak-and-wgm-evgeniya-doluhanova-change-federations/