評価:
--- New in Chess --- (2015-04-28) |
GM Joel Benjaminによるこの本は、タイトルだけ見ると内容が分かりにくいかもしれません。
liquidationは「清算」という意味で、駒交換を指します。エンドゲーム一歩手前のところでピースを交換するべきかしないべきか、どのように交換するべきか?
駒を交換した後のポーンエンディングが勝ちなのか、負けなのか、ドローなのか、ここに焦点が当てられているので、実体はポーンエンディングの本です。ポーンエンディングは1手でも見落としたり読み間違いしたりすると結果が180度変わってしまうので、特に正確なcalculationの力が必要です。
私も実戦でいくらか経験があります。例えば、次の例。
Tang T. (1885) - Baba M. (2232)
松戸Ch. 2007
position after 68. Qe4+
このクイーンエンディングは普通に指せばドローですが、まだ勝ちを目指していた私はドローを嫌い、ここで大きなミスをしました。
69...Kd8?? 70. Qd4!
正しいクイーン交換です。交換後のポーンエンディングは白勝ちです。
70…Kc7 71. Qxd7+ Kxd7
白は数的優位なクイーンサイドでパスポーンを作ることができるのに対し、黒は数的優位なキングサイドでパスポーンを作ることができません。
72. Kf4 Kd6 73. Kf5 Ke7 74. Kg6 Kf8 75. c4! 1-0
b4-c5と伸ばしてcポーンをパスポーンにすれば白勝ちです。
もう1例を。
Baba M. (2355) – Kobayashi A. (2213)
松戸 2016
position after 54. Rf5
ポーンストラクチャーで白良しですが、白キングは遠くにいますし白が勝てるかどうかは定かではありません。厚彦くんはルーク交換できると読んで交換にのぞみますが、これは私の仕掛けた罠でした。もし、最後の手が見えていたら、54...Ra3+とルーク交換を避けていたでしょう。
54…Re5+?! 55. Kxa6 Rxf5? 56. gxf5
白のポーンはバラバラで、さらにキングで守りにいけません。黒はこれらのポーンを全て回収してfのダブルポーンだけ残るように見えますが…
56...Ke5 57. h5 Kxf5 58. f4! 1-0
Zugzwang. 58...Kxf4 59. h6でパスポーンが止まりません。美しい最終図だと思います。
本書の構成ですが、ポーンエンディングに移行する前の駒割りによって、12のchapterに分かれています。
Chapter1 - Queen Endings
Chapter2 - Rook Endings
Chapter3 - Bishop Endings
Chapter4 - Knight Endings
Chapter5 – Bishop versus Knight Endings
Chapter6 – Rook & Minor Piece Endings
Chapter7 – Two minor Piece Endings
Chapter8 – Major Piece Endings
Chapter9 – Queen & Minor Piece Endings
Chapter10 – Three or More Piece Endings
Chapter11 – Unbalanced Material Endings
残っているピースの種類によって、少しずつポーンストラクチャーが違ってくるので、そういう見方で各chapterの特色をとらえてみるのも面白いと思います。
また、それぞれのchapterにはexerciseがついています。当然、ピースを交換するのは分かっているので、交換後のポーンエンディングがどうなのか、そこのトレーニングがメインとなります。
Joel Benjaminはベテランのプレーヤー・トレーナーであり、さすがとも言うべきか、1冊にポーンエンディングのエッセンス(zugzwang・breakthrough・race etc)を良くまとめています。Chess Journalists of Americaで2015年のBest Book Awardも受賞している著作であり、特にポーンエンディングが苦手な方におススメの1冊です。